映画「宋家の三姉妹」 ギャラリーエークワッドにて

2015.01.16(金)

会場の東陽町には東西線で一眠りして着いた。
魅力あるお父さんの教育方針で育てられた有名な三姉妹の華麗で波乱に満ちた人生の映画。私のお父さんだったら良かったのにと思うほど魅力的なお父様。

冒頭シーンで姉妹がこだまを楽しんでかくれんぼしていた大きな円形の「こだまする壁」に魅せられた。自宅のお庭にあったようだった。このこだまする壁は最後にも出てきた。幸せを象徴する美しいシーン。

また、雪の日にお父さんの後を付いて三姉妹がペンギンダンスをするシーンも素敵。そこは屋上・・・迷路のような不思議な建造物。幸せいっぱいの父と子の忘れがたいシーン。
実際にその場に行ってみたいと思う不思議な空間だった。


お父様もお母様も臨終は自分の椅子に座っていた。中国では横にならず座って臨終を迎えるのかな・・・

映画でみていると父親の宋チャーリーには三姉妹しかいなかったのだと思ったが、実際には3人の息子もいたという。宋家の三姉妹と言う映画でも、臨終には息子もかけつけただろうに・・・

映画だから脚色もあり、中国共産党からの圧力もあったのだろう・・・蒋介石が良く描かれていなかった・・・

以前、近くのキリスト教大学のサマースクールに参加した台湾の学生が40日ほど我が家にホームスティした。彼女が台湾へ帰るときに、一緒に初めて台湾へ行った。
台北で見学しているときに「孫文は台湾の父だが日本の父は誰ですか?」と彼女に聞かれた。
日本の父・・・思い浮かばず「日本の父はいません」と答えた。
彼女は「日本には父がいないですか」と不思議な顔をしていた。

台湾へ渡った蒋介石が孫文を台湾の父として尊敬し、あがめていたからいまでも彼女のように台湾の父と孫文を尊敬しているのだろう。蒋介石が美術品や工芸品を持って台湾へ逃げたおかげで破壊されずにすんだ美術品や工芸品を台北の「国立故宮博物院」で私は見ることができた。

次女の慶齢が孫文と日本で結婚式のお寺に、父親がかけつけ「友人でもないわが娘でもない」とすごい剣幕で怒ったが、なぜそこまでと思ったが、孫文には実際はすでに中国に奥様がいたのだ。(日本人妻もいたという)

映画で彼女が亡くなるときに「もしも孫文がもっと生きていたら」と聞かれて、「歴史に、もしもはない」と答えていた。

共産党嫌いだった蒋介石がもう少しで共産党を制裁できると悔しがっていたが、もしも日本軍が攻めていかずに、共産党を征伐できていたら・・・ともしも、の先を考えるのも楽しい・・・

次回 1月30日((金) 宋家の三姉妹 (1回目 10:00-;12:25 2回目 15:00-;17:25/145分)
竹中工務店 ギャラリーエークワッド

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